Magic Mountain Way

※本作品には残酷描写が含まれております。閲覧には御注意下さい。

ゴミ、捨てるな

私の住む町で猟奇的な殺人事件が発生した。

ゴミを集積するゴミステーションの中に若い女性のバラバラの死体が遺棄されていた。発見者は近所に住む主婦、勿論何の関係もない一般市民だ。

ゴミステーションは金属製でスライド式の蓋のもので誰でも捨てられる。

被害者は隣の市に住む中小企業に勤める女性。裸で鋭利な刃物で切断されて個々の袋に入っていたが袋は透明だった。

ワイドショーや週刊誌は騒ぎ立てて、ああでもないこうでもないと犯人捜しごっこ。事件はすぐに解決されるだろうと誰しもが思っていた。しかし、三ヶ月経っても進展はなかった。

そして先日、同じゴミステーションに違う女性のバラバラ死体が遺棄されていた。今度は別の市に住む若い主婦。発見者は前回とは別人、第一の被害者との共通点もなかった。

ひとびとは〝正体の知れぬ犯人への恐怖心〟というよりは〝見知った隣人への猜疑心〟が芽生えてきた。こうなれば最悪以外の何物でもない、同じ町の人間を疑うだなんて口汚い言葉を使ってしまうが最悪の状況だろう。

町内会では夜間の見廻りを行なう事が決定した。焼け石に水かも知れないが少しは抑止力はあるかもとの事だ。

季節は折しもクリスマス。駅前では見事なイルミネーションのクリスマスツリーが飾られているが、私は町内会長の老人とぼんやりとした灯りの懐中電灯を片手に寒空の下の夜道を歩いている。

「いやあ、寒いですなあ」

「そうですね」

「犯人なんて警察に任せたらよろしいんですけどねえ、もうこないなったらしゃあありませんわ」

町内会長は歯肉炎であろうな、と思う硫黄めいた酷い口臭をマスクの下から漏らして苦笑いをする。私は腰の曲がった彼を見ながら、もしこの先で仮に犯人と遭遇したら逃がさなきゃならないが大丈夫だろうかと思っていた。

街燈の下を通り過ぎたところだった。

「ん……?」

「会長、あれ……」

我々の視線の先には件のゴミステーション。その蓋を開けて何か袋のようなものを中に放り込んでいる黒いフードを被ったジャンパー姿の男があった。私がそっと呟く。

「会長、静かに行きましょう」

「解った……」

懐中電灯を消して静かに近付いていく。男が地面に置いていた最後の袋を持とうとした時に後ろから声をかける。

「今晩は。町内会の見廻りです。お兄さん、今日はゴミの日じゃないですよ」

私はなるべく刺激をしないようにゆっくりとした口調で話しかける。この男が犯人なら暴れられても困る、犯人でなければそれでいい。しかし。

「……ああッ!」

男は叫んで振り返って私に飛び掛かり襲い掛かった。私は倒され地面に押さえ付けられた。男が何度も殴ってくる。顔を殴られまいと反射的に両腕でそれを防いだ。しかし、拳は繰返される。

「や、やめんかあっ!」

脇に立つ町内会長が震える声で叫ぶも男はやめない。そして、上体を起こして腰から何かを取り出した。私がゆるめた腕の隙間から見たのは、眼の慣れた闇の中でも解る釣り上げられた魚の鱗のようなぎらつき。

――刃物だ。

悟ったと同時に私は隙をついて脚を曲げて思いっ切り男を蹴り飛ばした。そして、会長に向かって叫ぶ。

「警察! 早く呼んで!」

会長が慌てて携帯電話を取り出している間に、蹴られた男はよろよろと後退りをして躓くように後ろ向きに転んだ。ちょうど、開いたままのゴミステーションに上半身が入った。

すると、スライド式の蓋が勢いよく閉まった。

何かが千切れる音。

ゴミステーションの外の男の下半身が滑るように落ちた。

中からがりごりと何かが砕ける音がする。

私たちは呆然と〝それ〟を見ていた。そして、ゆっくりとゴミステーションの蓋が、いや〝口〟がぎりりと音を立てて開いた。そして獣の咆哮のような声が響いた。

『ゴミ、ステルナ……』

〝口〟は勢いよく滑ってスライドして閉まった。

遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

◇◇◇

警察から事情聴取されたが、町内会長の証言と人間業ではない男の死に方、あの夜の別の女性のバラバラ死体に入っていた袋についた男の〝残った手〟の指紋が一致し、私は無罪放免となった。

もう猟奇的な殺人事件は起きないだろう。動機も解らずじまいだが〝被疑者死亡のまま書類送検〟で事件は幕を閉じたのだから。

あのゴミステーションは今でも現役だ。

何となくだが撤去すると食べられそうだなと感じている。あの夜の真実は私と町内会長しか知らないが、黙っておく事にした。

しかしながら、熱心に〝本来の仕事〟をこなしていたゴミステーションにしてみれば、『死体』は『ゴミ』だったのだろう。

(初稿:2025/12/07)

back