姿見の前でハナが自身の姿とにらめっこをしているのを見てタケルは呆れていた。細く抱き締めれば壊れそうな身体、ハナが鏡面の中の彼に気付き振返る。
「タケル、今日の服はどっちがいい? トップスの色が暗いから……」
「いや、お前の服なんて見るヤツはウチの集まりで居るかー」
「んもう! デリカシーないのは嫌いよ!」
そう言いつつハナは服を選ぶ。呆れたタケルは自身の頭を掻く。その顔はもじゃもじゃの茶髪だ。
あれだけ揉めたが、服の上には軍の払下げの分厚いカーキ色のコートをハナは羽織っている。タケルはてらてらと光るようにすり減ったフライトジャケットを着た。外は降雪はしていないとは言え、積雪はかなりのもので階段を降たマンションの外には誰かが作った三段の雪だるまが作られていた。
「ねむいよタケル……」
「もうちょっと辛抱な」
「うん……」
ざくざくと雪靴で踏みしめ歩くタケルは新しい冬用のハナの胴長を買ってやれば良かったな、と思っていた。しかし、彼女は余程の寒さでない限りその長い脚を誇りのように見せつけたいという。
(そんなもんかな)
街から外れて旧集合居住地区に二人は着いた。新年を祝う為、前時代の機械の発掘現場で考古学の仲間が集まっている。発掘現場にはユージンとガラ、キョウが居た。遺跡から離れた場所で焚火で暖を取っている。ここには専門家は居ない。政府によって助成金を打ち切られ皆が失職し他の仕事をしている有志で集まっている。
ウシャンカを被った背の高い面長の顔のユージンがコートからくしゃくしゃの煙草を取り出して咥え年代物のライターで火をつけてふかす。ぎょろりとした眼でタケルたちを見つめ紫煙を吹き出す。
「メシ食ってきたか」
自分たちと判断したタケルとハナが首を横に振る。焚火にあたっていた大時代な外套姿のふくよかな体型のキョウが笑う。
「コレ、かあちゃんがらみんなにって。タケちゃんとハナちゃんのもあるがら食べてえ」
キョウの傍らに置いていた風呂敷が広げられて党の広報紙に包まれたどデカい白米のお握りが現れた。ハナが涎を垂らしそうになりながら訊ねる。
「い、いいの……お米、貴重だよ?」
「いいのいいの、ウチの田舎は農家だかんさ。米だけは送ってくんの」
「ありがとう、キョウ」
そこへ小柄な女性のガラが笑う。彼女は尖った高い鼻の先までぐるぐるにマフラーをして厚着だ。くぐもった声が響く。
「お二人さんが来るまで我慢してたが、見ろよこれぇ!」
ガラがリュックサックから取り出したパーチ紙に包んだ何かを見せた。包みが解かれ焚火の灯りでぼんやり見えるそれは肉だ。塊の肉だ。赤身の本物の肉だ。絶句して驚く四人に対して肉を用意した鉄串をさしていくガラ。
「出どころは訊いてくれるな、お前らも共犯だからな。肉だぜ、肉。ゴムの塊みてえな合成の偽物じゃねえぞ。なあ……新年だぜ、ううっ」
あまりの迫力に頷く他なかったが焚火に乗せられた瞬間に響く胃袋を刺激する肉が焼ける音と香りには全員が参っていた。炎に脂が爆ぜ、ぱちん、と乾いた空気を揺らす。辺りには本能を刺激する焼けていく肉の香り。巡回中の公安が居ないかとタケルは周囲を見渡したがここは地盤が崩落した公園の跡地の発掘現場だ。
「焼けたぜー」
ガラの声に振返ると皆がにこにこと笑っていた。ユージンが人数分のとっておきの外国の缶ビールを用意していた。外気でキンキンに冷えている。腕時計を見る、全員の時間はバラバラだ。
「山向こうで花火が上がったら新年なんだが、あと五分かぁ、コレ?」
「あらぁ、ユージンさん、もう明るく見えるわ」
キョウの言う通り少し明るくなった。
「ウソぉ!」
廃団地の向こうの背にある山が明るく花火の閃光が見える。開発に成功した区域だ。五人がポカンとし苦笑いする。
タケルは本物の動物の肉を食うのはいつ以来だろうと考えた。ユージンが最年長で、彼が学生時代に付き合っていたスーパーマーケットの食肉部門の女性から横流しで貰って食べていたと聞いた事がある。その時の彼は女性との残り香より口の端から垂れた脂の旨味といったらなかったと遠い眼をしてしぱしぱと瞬きをしていたのを思い出した。
今、眼の前にあるのは広報紙の上に切り分けられた分厚い肉だ。ライブラリで見た『ヤキニク』や『ステーキ』とは大きく違う、野生の食べ物のそれだ。全員は護身用の小刀や匕首を持っている。無論、それらも公安や治安部隊に見つかれば〝青少年全力正義矯正教育的指導〟という名の下で一ヶ月は施設に入れられる。しかし、眼の前の肉がゆらゆらと熱気をあげて「それがどうした」と存在しているのには敵わない。
「カンパイ! 頂きます!」
五人がビールを掲げ呑む。そして、道具で刺した肉とお握りに齧りつく。うまい、おそらく肉自体もそんなに上等なものではなく固く脂も安いだろう。しかしながら、うまい、うまいのだ。噛めば噛むほど溢れる肉汁に滴る脂、信じられない野生の味だ。相手も構わず突き向かってくる動物の塊だ。
「おいひいよぉ……ガラ、ありがとね」
「ハナ、お前も一口で喰うこたぁねえだろ」
タケルが横を見るとハナは大きな口を広げるように開けて肉を丸呑みするように平らげていた。
粗方、食べ終えて残ったビールを五人で傾けている。そこにキョウが恥かし気に話を切り出した。
「あんね、ウチ、赤ちゃん出来たんよ」
「え」
「マジか!」
「あらあらら」
「おいおい、妊婦に酒はマズイだろう」
四人が別々の反応を示す。ハナが問いかける。
「相手は前にこっちに来てた、その幼馴染の彼?」
「うん、だがら、今日が集まれんの最後なんだぁ」
「あー、そっか……」
タケルが取り出しかけた煙草を仕舞い目配せでユージンの煙草も、と。彼が咥えていた煙草を焚火に捨てた。ユージンがビールを呷る。
「銀錆船は二級市民以上じゃねえとな。キョウは二級で、俺らは三級だから」
「キョウは、その、幼馴染と向こうで暮らすの?」
「うん……ごめんね、ごめんね、ぐずっ」
「わあ、泣くなって!」
「〝ヒコーキ〟があればなあ、すぐに会いに行けるんだがな」
ハナとガラがキョウを抱き締める中でタケルが口を開きユージンに問いかける。
「ユージン、〝ここ〟の下が地下格納庫なのは解ってるけど、どうやってヒコーキをサルベージするんだ。出せたとしても動くかどうかだし、行先に燃料があるかも……キリがないよ」
ユージンが気まずそうな顔をする。
「解ってるよ。解ってる。サルベージの機械はオジキの会社のパクる。ヒコーキが動くかどうかは解らん……済まんな、俺だって限界はある」
「タケル、今はキョウを慰めてよ」
「そうだぜ」
「ごめんね、ごめんねぇ……」
◇◇◇
三人と別れたタケルとハナはマンションの部屋でぐったりとベッドに寝そべり毛布に包まり板チョコレートを半分に分け合っていた。暖房のオイルはなくなり、暗い部屋でランタンの光が照らされ、パキリ、と固いチョコレートを噛む音と冷蔵庫のモーター音が響いていた。
「ねえ、タケル……トイレ行ってくる」
「ん」
ハナがベッドから降りてトイレへ向かう。その間、タケルは煙草を取り出し一服していた。官給品の横流しの不味い代物だったがないよりはマシだ。彼女が戻ると箱から一本差し出しマッチを開ける。受け取ったハナが一本吹かして細い紫煙を吐き出した。
「まずいねー」
「ああ、まずい」
煙が天井へ四散してそのまま貼り付くように消えていった。ハナがぽつりと呟く。
「……お肉、美味しかったな」
「うん」
「ヒコーキで外国に行けたらいっぱいあるかな」
「あるよ、きっと……旨い煙草もあるよ」
「うん」
煙草を消して苦い味の口付けを交わす。華奢で強く触れれば壊れそうなハナ。彼女が笑う。
「えへへ、私をあたためてね」
「おう、っていうかむぎゅ」
「聞こえない、聞こえなーい」
ハナが笑いながらタケルを両手で抱き締めていく。
「……好きだよ」
夜だけが二人を見つめていた。
◇◇◇
二年後。
「タケル、ガラ、こっちだ」
海岸沿いの崩れたハイウェイにタケルとハナ、ユージンとガラの四人は集まっている。台車に乗せた幕を引っ張りながらハナが振返る。
「ユージンさん、本当に操縦出来るの? 怖いよ」
「ハナ、俺はこの中で唯一車の免許に受かってんだよ」
「おいおい、クルマとヒコーキじゃ別モンだろが」
タケルが呆れた顔でユージンを見つめ煙草に火をつける。彼にも一本差し出して、ふうっ、と煙を吐いて問いかける。
「しかし、ユージンよ。本当に飛ぶのか」
「タケル、俺が墜落したらガラを頼むぞ」
「縁起でもねえな」
いつしかユージンはゴーグルをしていた。ガラが精一杯背伸びして彼に抱き着く。
「ユージン、帰って来なかったらぶっ倒すぞ! うえええん!」
ハイウェイの端に置かれた飛行機は年代物も年代物、燃料集めとメンテナンスに時間がかかり、葉書で見たキョウの息子は大きくなってユージンとガラが良い仲になった。
「みんな見て、お月様」
ハナが指差す空には満ちるには少し早い月が輝いていた。ユージンが笑って煙草を吹かす。
「十三夜だ、飛ぶには良い月さ。落ちたらそれまで、夜の灯になれってか」
「気障なんだからぁ、絶対帰って来いよ! 結婚するからな!」
打合せ通り、真っすぐなハイウェイから飛行機が飛び立つ。向かう先には旧友が待っている。月夜に浮かぶ影は小さくなっていった。
(初稿:2025/04/23)
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