夕方、校舎裏の人気のない場所に一組の男女の学生が立っている。男性はポロシャツに筋肉が詰まった毬栗頭の純朴なスポーツ青年と言った感だ。青年が上ずった声をあげる。
「し、四之宮、お、俺と付き合ってくれないかな?」
四之宮と呼ばれた女子学生、背が高く三白眼気味の大きな瞳が印象的で吸い込まれそうな魅力を持った美女だ。光の加減か、腰まである長い髪の毛が緑色に見え、手足も長い。その美女がニコリと笑う。それに対して毬栗頭の青年が明るい顔を見せる。しかし、彼女ははっきりと残酷な言葉を告げた。
「ごめんなさいね。ワタシ……あなたみたいな〝つまらないヒト〟……嫌いなの♪」
呆然とする毬栗頭を独り残し彼女がその場から立ち去っていった。
◇◇◇
「四之宮って何であんなサイテーな奴なんだろな」
「ああ、黒澤をフッた一言だっけ、あれはないよなぁ。まあ、普段の言動もアレだけど……すげえ美人なのにもったいねえよ」
「俺は蓮華の事を悪く言われると複雑だなぁ……」
「イサムは幼馴染だからな、昔からあんなんか?」
「いや、ちょっと変わってるっていうか……トカゲとか蛇とか好きで、親父さんがそういう専門のペットショップしてて女の子らしくはないかな」
「ふーん、津山も解らん事があるんか」
「やっほー、またワタシの悪口かな?」
「うわあっ!!」
昼休みの大学構内の食堂、窓際の席に陣取って駄弁っていた男子学生たちに割り込んできた話題に上がっていた美女、四之宮蓮華が最高の笑顔で悪評をぶち壊すように顔を見せた。その手には紙袋が幾つかある。
「はいはい、〝つまらないヒト〟たちには手抜きのクッキー。勇くんにはとっておきのミニタルトだよ♪」
蓮華が彼女の幼馴染の津山勇に美味しそうなフルーツがのったタルトを、それ以外の勇の友人には見るからにパッサパサなクッキーを手渡す。
「勇くん、美味しい?」
「う、うん。美味しい、ありがと蓮華」
タルトを齧る勇に対して他の男子が羨望ではなく憐れみの視線を送る。
「イサムも大変だなあ」
一人が厭味を言ったつもりだったが、蓮華には届いていないようだ。
「そうだ、今日は夕御飯を作ってあげる! 今日は独りで留守番なの、パパもママも仕入れで居ないから二人きりだよー♪」
「ちょ、俺の家族は」
「あ、もしもし、蓮華です。ウフフ、お世話になっていますー、ええ、今日は勇くんにご飯をご馳走しようかなーと、ええ! おなかいっぱいにさせますのでー♪」
蓮華が携帯電話を取り出し電話をするのを見てあらためて勇の友人が呟いた。
「……イサムも大変だなあ」
◇◇◇
蓮華と勇は帰宅した後、近所のそれぞれの自宅で着替え、ペットショップに併設された蓮華宅で一緒に夕飯を食べた。食器を洗い片付けて、閉めている店に移動してイグアナや大蛇、カエルの世話をしている。薄暗い店内は空調を付けっぱなしで蒸し暑い。ゴム長姿の勇を見て微笑む蓮華。
「勇くん、手伝ってくれてありがとね」
「いや、昔からたまにしてるじゃん、慣れた」
水槽の掃除や餌やりを終えて、家に戻った二人は蓮華の部屋でゲームをしている。勇が蓮華を見つめる。それに気付いたか、蓮華がゲーム機から顔を上げる。
「どうしたの、勇くん?」
「……いや、俺も男なんだけどなって」
半ば冗談、本気が少しの強がりだったが反応は予想外のものだった。
「フフッ。でも、ワタシは勇くんの事、好きだよ」
「ちょっ、ええ? いや、待っ……え、ええ?」
「勇くん……」
蓮華の声が響くように聞こえる。その声に我に返った勇がそっぽを向く。
「いや、困るってマジで。ちょっとお前ね、俺だって心の準備が」
しかし、またも予想外の返事がきた。
「ねえ、勇くん。ワタシが人間じゃないって知ったら嫌いになっちゃう?」
「はぁ?」
勇が思わず変な声を上げる。蓮華は口角を上げて微笑み勇の手を取る。やわらかい感触とともに、勇の掌にあたたかい肌の温もりを感じる。勇は自身の心臓の鼓動が早まるのを感じながら、蓮華の表情を見ると瞳に違和感を覚えた。勇を見つめるその両の瞳は瞳孔が縦に狭まろうとしている。
「フフフ、ワタシは〝宇宙人〟なのよ。見ていて頂戴……はあぁぁ……」
そう言うと蓮華は勇の手を離して前傾姿勢になり大きな眼を虚ろにし、口を半開きにして息を荒くする。呆気にとられる勇の眼の前で蓮華の姿が変わっていく。服から覗く肌の色が徐々に緑がかったものになったかと思うと鱗が現れ全身を覆い始めた。手足の指が長くなり鋭い鉤爪が生えてきた。蓮華が身体を起こす、肌は既に鱗に覆われまるで爬虫類のようだ。その顔にも変化が現れていた。長い髪はそのままに見目麗しい美少女の顔立ちはトカゲが少し混ざったかのような尖ったものになり瞳も完全に瞳孔が縦になっていた。変化を終えた蓮華が溜息をつき乱れた髪を振る。勇を見つめる。
「これがワタシの本当の姿……爬虫類みたいな宇宙人なの。〝レプティリアン〟の方が一般的かな?」
「レプ……」
呆然としている勇に対して蓮華が大きな口を開けて笑う。
「コ・ワ・イ?」
「こ……」
勇は余りに衝撃的で信じ難い出来事に絶句したがすぐに言葉を繋いだ。
「お、おじさんや……おばさんも?」
それに対して姿は異形だが、反応はいつもの幼馴染の答え方だった。
「ううん、パパとママは人間。ワタシの正体は知らないよ……ママの片足が不自由な理由、知ってるでしょ?」
「えっと、臨月の時に暴走した車が交差点に……」
「そう、あの時に本当の蓮華ちゃんは死んだの。ワタシたちは故郷の星に隕石が衝突してなくなってこの惑星に来たの。ママはね、ワタシが身分と姿を偽って働いていたお店の常連さん……やさしくて、パパを誰からも愛して、産まれてくる我が子を楽しみにしていた。そんなママを悲しませたくなかった、だからママの赤ちゃんに擬態した」
「そ、それはお前のエゴだろ」
「そうだよ。所詮は家族ごっこ!」
蓮華が声を荒げて口を大きく開ける。鋭い眼つきで勇を睨む。しかし、それも一瞬、にたりと笑ったかのように見える。
「でもね……ワタシも、パパもママも」
開いた口から鋭く並んだ牙が見え赤黒く長い舌がひゅるりと出てきた。
「シアワセ」
しゅうしゅうと息を吐きながら蓮華が勇を抱き締める。勇は蓮華に抱きつかれてから固まったままである。勇は最早、抵抗する気力さえ失っていた。蓮華が顔を近付け口付けをする。蓮華は勇から離れて自分の唇を舐める。勇は惚けたような表情で蓮華を見ていた。
「勇くん……どうだった? ファーストキスは、こんな宇宙人でも良かったでしょ?」
瞳孔を縦にしたり丸くしたりして笑う蓮華、静かに頷く勇。蓮華が勇の手を取り重ねて抱き締める。鉤爪の付いた冷たく固い手と柔らかい肌の手が触れあい、互いを確かめ合うように握り合う。
「勇くぅん……ほら、眼を閉じて」
「うん……」
その言葉に勇が素直に眼を瞑る。
すると、勇の中に蓮華の記憶が流れ込んできた。故郷の星での平穏な日々、失意の底の放浪の日々、この星に来てからの苦労と出会った人々との喜びなど。
そして、最後に見たのは、若い蓮華の母を轢き、飲食店で働く今とは違う姿の蓮華に突っ込んできた暴走するトラック――。
(ああっ!!)
勇は思わず大声で叫んだがそれは声になってはいなかった。一気に暗闇が周囲を包む、自身の手も見えなくなる。
そこに幻覚のように浮かび上がる蓮華、レプティリアンの姿の蓮華が微笑みながら涙を流している。青い色の涙だ。
何かが割れる音が聞こえた、ガラスのような高い音ではない、それは卵――どくんどくんと脈打つ鼓動を感じる。
勇は眼を覚ました。ここは何処だろうか、天井が見える。身体が動かない。教室ではない、病院ではない、自室でもない。しかし見覚えがある、そこがまだ新しい蓮華の家の彼女の部屋だと気付いた時には蓮華の両親が顔を覗き込んだ。見知った顔より若い、二人がやさしく微笑む。
(産まれてきてくれて、ありがとうね)
そう言ったのは、蓮華の母なのか、父なのか。勇は泣きながら答えた。
「ありがとう、ありがとう……」
その声は段々と赤ん坊の泣き声になっていた。
「どうだった、勇くん? これがワタシの、家族ごっこの、始まり」
我に返ると勇は泣きじゃくりながら爬虫類の宇宙人の姿となった蓮華を抱き締めていた。
「はーっ、はーっ……れんげ、れんげ……ううぅっ……うあぁっ、あぁ……はぁあぁぁ……うぁぁあん……」
「ワタシが見せた記憶、どうして見せたか解るよね……」
「はぁっ、は、は? え、な、なに」
勇は虚脱したように天井を見上げていたが、すぐに異変を感じた。めまいがする。天井がぐるぐると回っている。蓮華が覗き込む。その顔はぼやぼやと見える。
「勇くん」
「……」
「あなたはみんなみたいに、〝つまらないヒト〟じゃないわよ」
◇◇◇
「あれっ、あ痛たたたた……」
「あ、起きた? おはよう勇くん」
勇が眼を覚ますとそこは蓮華の部屋のベッドの上だった。蓮華は椅子に座り彼を見つめている。
「え? 夢? えっと、蓮華、お前がトカゲみたいな宇宙人……あれ?」
「フフフ、夢じゃないと思うけどね♪」
蓮華は勇に向かい笑いかけて長い爬虫類めいた舌を出す。
「夢じゃ……」
「それより、キスで良いものを受け渡したのよ。気付いた?」
「良いもの?」
「あなたの〝本当の姿〟が解るようにって」
「本当の、姿?」
「勇くん、あなたが〝つまらないヒト〟じゃない理由はね……〝同じ〟だ・か・ら……」
気が付けばしゅうしゅうとした吐息が聞こえる。蓮華が意味深な笑みを浮かべる。勇を姿見の前に立たせる。しゅうしゅうとした勇の息が、大型の爬虫類の咆哮のようなものに変わった。
(初稿:2022/04/28)
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