Magic Mountain Way

黙っていて下さいね

取引先の会社の社長は常に背後霊が視えるだの死相が出ているぞと嘯いて他人を揶揄い大笑いをしている。

無論、悪たれの性格から来る大法螺であろうと周囲は殆ど相手にはしていなく、それ以外は真面目な人物であった。

ただ、今日は違っていた。

私がこの春に入社した新人の挨拶に連れて行ったら社長はギョッとしたような表情をみせて、すまんが用事を思い出した、と言って席を立って行った。

何か不味い事でもしたか、と思ったが帰社してその社長から電話があった。

「何か変わった事はないか」

これと言って特に、と伝えると、今夜ウチの会社に呑みに来いと言って電話は一方的に切られた。

社長の会社は自社ビルで応接室やシャワーも完備されている。冷蔵庫から持って来た缶ビールと簡単なおつまみがテーブルに用意されていた。

呑みながら話は進む。

「俺はカミさんを早くに亡くした頃に変なものが〝視える〟ようになった。普段は誤魔化しているがな、眼玉だらけのぶよぶよの黒い塊とか透けた虚無僧とかだ。多くは害がない、ただ皆を揶揄うのは俺だけが〝視える〟という恐怖を紛らわせているのもあるな」

ビールを傾けながら話に聞き入っていると社長が大きく溜息をついた。

「しかし、今日のは酷かった……あの新人くんだよ。キミは解らんだろうが、彼の後ろに背が異様に高くて、長い髪も白髪とは言い難い白さで顔も白粉を塗ったように白い、来ている着物も白装束みたいな女の化物が立っていた。袖からのぞく手は骨張っていて指も蝋燭みたいに細く長く爪も白い。顔は美人かも知れないがゾーッとする不気味なもんで大きな眼がぎょろりとこちらをみた。そして、俺の脳に直接響くように声が聞こえた」

声、と問うと社長は声を潜めてその言葉を続けた。

「『ダマッテテネ……』」

聞こえた声を代弁して、厭なものを忘れるように社長はビールを呷った。そして、私にこう言った。

「俺は〝視える〟だけだから、どうにも出来ん。害が及ぶ前にお祓いとか、何処か探した方が良いぞ」

何とも気分を悪くさせられた後に社長と別れ駅前のロータリーに向かう。タクシーの列から離れた喫煙所で煙草を喫う。横に設置されたちっぽけな電灯の灯りに照らされた紫煙が先程迄の話の白い女とはこんなものか、と想像するが余りピンと来るものではなかった。

すると、携帯電話に知り合いからメッセージが届いた。私は彼女ならどうにかなるかも知れないと返信した。

◇◇◇

「アタシの本業はオカルト雑誌の編集じゃないんですけどね」

呼び付けた彼女は不機嫌に顔を顰めている。駅裏の夜鳴きそばの屋台の椅子に並んで座り一緒にラーメンの麺を啜る。

彼女は大学の後輩で今でも付合いのある友人であり、彼女自身も〝視えて〟かつ〝除霊〟が出来るらしい。私がそれを確かめてそうだよな、と問うとますます不機嫌になった。

「〝除霊〟じゃなくて〝霊を避ける〟んですよ。人と霊の流れを変えて違う道を通る……解ってます?」

解らん、と言うと彼女は頭を抱えた。

さておき、社長から聞いた話をすると彼女は意外な表情をみせた。

「それは新人くんも同意の上の事じゃないですかね。その白い女の人は、彼と邪魔されたくないから黙ってて、だと思います」

そんな馬鹿な話があるか、と呆れると彼女は真剣な表情で諭すように私に語った。

「いや、世間では考えられないでしょうけど、古い家に代々取り憑いている〝神様〟みたいな霊が居るんですよ。たとえ、それが余所様には禍や害を与えても、本人は力や富を享受して共生している場合もあるんです」

ラーメンを食べ終えた彼女が私をみつめる。

「どちらにせよ、話を聞いた限りじゃその女の人も、新人くんもアタシは説得出来ませんよ。余りにも強い繋がりっぽいですし」

◇◇◇

後日、私は社で彼と二人切りになった。さりげなく話しかけようと後ろから近付いた。

視線を感じる。

私には霊感などない筈なのだが、明らかに痛いぐらいに〝何か〟に睨まれているような刺すような感覚で足が竦んだ。

彼が私の方へ振り向いた。その両の眼は圧倒的な威圧感を持っていた。

――これは、人の眼では、ない。

彼が静かに笑って呟いた。

「黙っていて下さいね」

私は何も言えずに頷いた。

その内に彼は辞めていった。彼曰く「故郷の両親が健康を損ねたので面倒を見ます」という。しかし、これは嘘だろう。彼の背後に立つという白い女と一緒に静かに住める場所を探しに行方を眩ませた、おそらくそうだ。

数年後、彼の姿はテレビの旅番組に映っていた。その番組は田舎をタレントがあてもなくうろついて現地の住人に家に泊めて貰う、よくある内容だった。

彼は田舎の山の古民家に住み自給自足で生活を送っていた。少し痩せていたが健康そうだった。

しかし、番組の放送後、世間は荒れに荒れた。

彼の横に白い大きな着物姿の女が寄り添いながら立っていたり、タレントが別れる際に手を振る彼を遠景で映したカットではその白い女がにやりと笑って長い蝋燭のような人差し指を口に翳して「ヒミツダヨ」と囁いた声もマイクが拾っていたという。

女が視えた人間と、視えなかった人間に真っ二つに分かれて、心霊番組の特集が組まれ、ワイドショーは連日の騒ぎ、インターネットも喧々諤々。

後日、検証と称して旅番組のスタッフが彼の山の家に向かうと、そこは既に空き家だった。

畳の上に一枚の紙が置いてあった。

『黙っていてくれませんでしたね』

その後、彼と白い女は我々の前から完全に姿を消した。

私は結局、その女は視えなかったが、〝視えない幸せ〟もあると痛感している。

(初稿:2025/06/15)

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