今年の夏に入り、うちのリンゴ農園にも害獣被害が出るようになってきた。
世間では春ごろから山から下りた熊が果樹を荒らし、挙句の果てに街まで出て人を襲う事態に発展している。今までも被害というのはあったが社会問題になるのは異常だ。
私は農園のリンゴの木から落ちた実を拾う。
赤く色付いたそれは丹精込めて育てたものだが、こう齧られてしまえば売り物にもならない。
農協に相談すると害獣対策として市から電気柵と暗視カメラを貸し出してくれると言ってきた。私は素直に申請した。
数日後、市の職員と共にそれらを設置する。眼鏡の職員は夏の陽射しの中で、はあはあと息を切らしつつ額に流れる汗を拭っていた。
農園の周囲に柵を設置した後に日蔭に入り冷蔵庫から持って来た冷えたペットボトルのお茶を渡す。彼は開栓すると、のどを鳴らして一気に飲み干した。一息ついてからこう言った。
「これで少しは熊も怯んでくれるとは思うんですがね」
「いや、そうでないと困りますよ」
私の言葉に職員は曖昧な笑みを浮かべた。そして、カメラの元に二人で向かう。
「カメラが反応したら警察や市役所、猟友会に映像を提出して下さい。メモリーカードはここに入って……」
職員が去った後に木になったリンゴを見る。たっぷりの太陽の光と恵みの雨を受けたそれは赤い宝石と称される立派なものである。我が子同然のものだ。みすみす、熊にやられてたまるものか。
電気柵を設置してから数週間は静かなものだった。リンゴも収穫時期を迎え私は大急ぎで作業に取り掛かった。
軽トラックに詰めて青果市場に着くと農家仲間が隅で何か話し込んでいた。
「どうも」
挨拶をすると仲間が私に会釈をする。どうにもぎこちない笑顔だ。一人が近寄って来た。
「ああ、どうも。おたくは……大丈夫かい」
彼が声を潜めて訊ねてきた。私が訊き返す。
「熊か」
「いや、熊……熊かな」
「?」
「……何でもないよ」
そう言って別れる。私は彼らと離れて箱詰めしたリンゴを手渡していった。
◇◇◇
翌日。
最後に収穫を残していたリンゴの木がやられていた。
信じられない事にそれは根元からバキリと折られていた。電気柵も無残に破られて巨大な足跡が沈むように周囲に残っていた。
悔しい思いの反面、〝熊程度の大きさの獣がリンゴの木を根元から折るだろうか〟という疑問が湧いて出ていた。
私は暗視カメラのメモリーカードを抜いて家のパソコンへ接続した。記録されていた動画は一件。昨夜のものだ。再生する。
暗い画面は暗視モードでぼんやりと白い。映っているのは折られたものを含めたリンゴの木である。
しばらく待っていると画面端の電気柵が揺れた。音は収録されていない、そういったカメラだ。再び柵が揺れた。柵が破られた。
足が見えた。
白く太い裸の男の足。
身長三メートルはあろうかと言う裸の大男がリンゴの木を揺らす。実がぼとぼとと落ちて大男がそれを拾い食べていく。なくなると木を蹴っていく。やがて木はゆっくりと折れていった。
大男がこちらを振り返る。
太った身体に眼も鼻も髪もない、大きな口しか存在していなかった。
録画が切れたその瞬間、私の家が揺れ始めた。地震ではない、屋根が上から揺さぶられている。
獣のような叫び声が辺りに響いた。
◇◇◇
『……遺体で発見されたのはこの果樹園を経営する男性と見られています。警察と地元猟友会は遺体の状況から████らしき動物に██されたとみて████の捜索を続けています。次のニュースです……』
(初稿:2026/06/20)
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