これはある企業に勤めている時に先輩社員から聞いた話だ。
◇◇◇
彼が山間部にある事業所へ向かう時に車の中で煙草をふかしていた助手席の同僚がこんな事を言った。
「なあ、この辺り〝出る〟らしいぜ」
彼は嫌な顔をしながらガムを噛みつつ運転して聞いていた。同僚は一方的に喋りだす。
「出るって言ってもキツネとかタヌキとかじゃないんだよ。勿論、ユーレイさ。お前見た事あるか?」
無いです、と適当にあしらうように呟くと同僚は何がおかしいのか大笑いした。時間はまだ昼過ぎだったが鬱蒼と茂った木々が光を遮り薄暗い。
「ココロの汚え奴には見えねえもんなんだよ、ああ、おかしい」
このまま山中に捨ててやろうかと思ったらしい。それはそうだろう。
「まあ、それはいいや。俺見たんだよ。ユーレイを」
鴉がぎゃあぎゃあと鳴いている。彼がラジカセをつけようとすると同僚が止めた。
「この先の事業所、元が何だったか知ってるよな、山の中の墓地、古い墓地、今はダムの底に沈んだ集落の墓地、ああ、おかしい」
何がおかしいんだ。
「今でも残留思念みたいなのがあるのかなあ? そこに樽の棺を抱えた葬式の行列が歩いて向かってるの、全員黒い喪服で、粘土で出来た仮面を被って、ほらアレみたいに」
彼が急ブレーキをかけた。
道の向こうには樽の棺を天秤棒に載せた黒衣の大人子供がゆっくりと事業所の方角へと歩いていく。ヒトとも獣とも取れない顔の仮面を被った葬列。
「……じゃあ、俺も行ってくるわ」
止める間もなく同僚はドアを開けて何かに取り憑かれたかのようにフラフラと葬列に向かい早足で近付いていく。
葬列が止まる。皆が深々と頭を下げる。棺が地面に降ろされて蓋が開けられたそこに同僚が入っていく。
「マッテルカラナ」
そう聞こえた瞬間、彼はバックで山道を猛スピードで戻っていった。
◇◇◇
私はその話を助手席に座っていた先輩から聞いて得も言われぬのどの渇きを感じていた。
件の事業所へ向かう道中の車内、私たちの眼の前には黒衣の樽の棺の葬列。
彼が笑いながらドアを開けた。
止める間もなく彼は早足で向かっていく。
私はなるべくその結末を見ないようにバックで勢い良く走り出した。
(初稿:2026/07/26)
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