私、梅園理桜は長身だ。
女性の長身と聞いて「バレーボール選手ぐらい?」と思う方も多いだろう。まさに実業団のバレーボール選手で身長は一九五センチメートルある。
バレーボールに出逢う迄は散々な人生だったと思う。
小学生で既に一八〇センチを超えて同級生の男子からは「デカブツ、巨人女」と揶揄されて何も言い返せずに悔しい思いをした。
服も靴も苦労した。靴はスポーツ用で何とかなったが、デカ少女が着られる可愛い服などなく両親は苦労し裁縫してくれた。しかし、私は当時流行ったギャル漫画の主人公になりたかった。今にして思えば悪い娘だったと思う。
中学生からバレーボール一筋、大学で慌てて猛勉強。全国大会で優勝し実業団の選手として過ごす日々の中、初めて恋人が出来た。不器用だけどやさしくて私には勿体無い人だ。
結婚しよう、と泣きながら言ってきた時は貰い泣きした。そして、今日は挨拶がてら、おばあちゃんの家に二人で来ている。
応接間でお菓子を呼ばれて私の小さい頃の写真が載ったアルバムを見ている。
「理桜ちゃん、凄いね、モデルさんみたいな写真ばかり」
「おじいちゃんが写真館だったからね」
おじいちゃんは古くから続く写真館を営んでいた。おじいちゃんのお父さん、私のひいおじいちゃんは伯爵閣下の肖像写真を撮ったと何度も聞かされたという話を私も何度も聞かされた。
おばあちゃんがコーヒーをお盆に載せて入ってきた。
「宮脇さん、理桜、コーヒーどない?」
「あんがと」
「あ、ありがとうございます」
修司くんがおばあちゃんを見上げる。無理もない、私の長身は隔世遺伝だ。おばあちゃんも昔の人ながら一九〇センチある。私がふと思い付いた事を口にする。
「そうだ、おばあちゃんの写真も見せてよ」
「えっ、何やの急に」
「いいでしょ、修司くんにも見せてあげたいの」
棚から出した古びたアルバムには『春』と銘があって開くと若き日のおばあちゃんと春の思い出が写っていた。
◇◇◇
早春の梅林の渓谷、咲き誇る花が見事に笑う観光地でベンチに座り昼食を取る若い二人。
「櫻子ちゃんのお握りは美味しいなあ」
「せやろか、でも学校の誰にも見られてへんかな……」
「大丈夫やて。何が不純異性交遊や! 好きな子ぉと付き合うのがそんなに悪いんかいな」
彼は不満気にお握りを頬張って水筒のお茶を飲む。それを見た彼女は溜息をついた。
「でも、ウチらも汽車ずらして来たし……」
「それは……そうやけどさあ!」
梅園太郎が昼食を終えて立ち上がり大きく背伸びをする。振り返って三田村櫻子の手を取る。彼女が立ち上がると太郎を見下ろす。櫻子は身長一九〇センチ、身長一五〇センチの太郎が笑う。
「ボクは大きい櫻子ちゃんが好きや」
「太郎くん、声が大きいて、恥かしいわ……」
「今日は櫻子ちゃんの写真を撮りに来たんやで、親父は跡取りにさせるつもりでも写真展で大賞獲らな認めへんて言うとってかなんで」
「せやけど、ウチの写真なんて……」
寂し気な表情を櫻子が見せた。しかし、太郎は彼女の手をやさしく握った。
「不満?」
「ちゃうて、もっと、何やの、かいらし人の方が……」
「あほやなあ、ボクにとっては櫻子ちゃんこそ美の女神や、この舶来のキャメラもぴいぴい泣いて喜ぶわ、ほら行こっ!」
他の観光客が青春弾ける二人を見て冷やかすように笑う。しかしながら太郎は気にせず、櫻子の手を引いてポーズを取らせて写真を撮っていく。
「梅を背後に……そうそう、ええで」
「こ、こう?」
固い表情のまま櫻子が宙を見つめる。
「屈まんでええで。全体図の方がええな……後ろ下がるわ」
「きょおつけてね」
太郎が笑いながらファインダーを覗き後ろに下がっていく。そのまま指示する。
「ええで、笑わんと、上を見上げて、ええで、ほんまに……もうちょい下が、うわあっ!?」
「太郎くん!」
後ろに転がって梅林の崖下に落ちる太郎。慌てて駆け寄って心配そうに見下ろす櫻子にシャッターが切られた。
ひっくり返った太郎が笑いながらカメラを掲げていた。
「へへへ、偶然の奇蹟を切り取ったで」
「太郎くん……もう!」
呆れる櫻子が手を伸ばして太郎を上に引き揚げる。
「カメラ無事?」
「命の次に大事なもんやで」
「ウチは太郎くんが一番大事なんやけどな」
「せやけど、さっきの櫻子ちゃん……綺麗やった」
「ふえ?」
「親父からは『梅は咲く向きから花を見上げて撮るのが、桜は上から見下ろして全体を撮るのが一番綺麗なんや』って言うんやけどな、ボクにとっての桜……櫻子ちゃんはやっぱり見上げた方がいっちゃん綺麗やわ」
「あほ!」
満面の笑みを浮かべる太郎から顔を背けてそっと櫻子は呟いた。
「……そこが好きなんやから」
◇◇◇
「これがおじいちゃんが写真展の大賞獲った写真やね」
「本当におばあちゃん綺麗だね」
「おばあさん、理桜ちゃんにそっくりですよね」
私たちの眼の前には梅の花を妖艶な表情で見上げる若き日のおばあちゃんの姿を写した一枚があった。白黒ながら溶けるような梅と儚げな年頃のおばあちゃん、いや櫻子さんはこの世のものとは思えない妖精のような美しさだった。
その隣の一枚に目を移す。
「それでも私はおじいちゃんが下に落ちた時の写真が好きかな」
「いややわぁ」
「これも素敵ですよ」
照れるおばあちゃんを余所に私が指差すのは梅を背後に背負って驚いた表情で崖の下のおじいちゃんを見下ろすおばあちゃんの写真が隣にあった。
アルバムの次のページを捲ると梅林の近くの茶店でさくら餅を食べているおばあちゃんの姿が写っている。
妖精から一気に人間になったのも微笑ましい。
「おじいちゃんもさくら餅好きだったよねえ……」
「ほんまに……せやったねえ……」
おばあちゃんと私がしみじみと溜息をつく。しばらく沈黙がその場を支配する。
「えっ」
戸惑う修司くんの後ろに気配を感じた。
「勝手に殺すな!」
「えっ、えっ」
戸惑う修司くんの後ろからおじいちゃんがビニール袋を提げて応接間に入ってきた。
「あら、あなた。おかえりなさい」
「おじいちゃん、お邪魔してます」
「えっ、生きてたの?」
胡麻塩頭に頑固そうな皺が刻まれた顔付きのおじいちゃんが溜息をついた。
「あほか、今日は老人会の花見の撮影じゃ。アンタが孫の婿さんか、よろしゅうな」
「あ、えっと、宮脇修司と申します」
「ほれ、おみやげ。さくら餅五個入りやから余ったのは理桜が食べ」
「あんがと」
私はさくら餅を食べながらおじいちゃんに訊ねる。
「おじいちゃんはおばあちゃんと結婚するのに背の差って気にしなかった?」
おじいちゃんはポットのお茶を湯呑みに入れて啜って一言。
「わしは桜を見上げるのが好きなんや、これからも死ぬまでずっとな」
「まあ! いややわぁ」
おばあちゃんがニコニコと笑う。
こんな風にいつまでも変わらない二人になりたいと、強く思って修司くんを見つめた。
「どうしたの?」
「私も、見上げてね」
「ふふ、もちろんだよ」
私は余ったさくら餅を不器用に半分にして二人で分けた。
(初稿:2026/04/16)
© Magic Mountain Way