Magic Mountain Way

あ・すとれんじゃあ・いん・じ・えあ

春のある週末、帰宅すると玄関先まで幼い息子が駆け寄ってきた。鼻息も荒く私にしがみ付いて見上げて笑っている。

「パパ! うちゅうじん! うちゅうじんいた!」

「何だ英人、新しいアニメか?」

息子の頭をわしゃわしゃと撫でていると、奥からお腹の大きい妻がやってきた。

「あなた、お帰りなさい」

「ただいま、友里子。無茶しちゃダメだよ」

「赤ちゃんの為にも身体を動かさなきゃね、それでヒデくんったらずっとこうなの」

息子は私の鞄を持とうと躍起になっている。

「みたの、うちゅうじんだよ! ぺらぺらせいじん!」

「へー」

「ほんとだもん!」

夕食の最中も、息子を風呂に入れている最中も、「うちゅうじんすごかった」と興奮気味に喋り、風呂から出ると彼は画用紙に向かいクレヨンで夢中で〝うちゅうじん〟を描いている。私も妻も苦笑いしている。私たちはテーブルを囲みお茶と羊羹で一服している。妻が話を切り出す。

「ヒデくんを幼稚園に迎えに行くと、先生から『今日も英人くんお絵描き大好きでしたよ』って」

「いつもの通りだね」

「でも、今日はヒデくんが言うには、幼稚園の塀の向こうにね、背の高い女の人の宇宙人が居たって」

「……それは不審者じゃないかなあ?」

「先生に訊いたら『そう思ったんですけど、英人くんは〝ぜったいにうちゅうじんだ〟って』」

「うーん」

息子はそんなに社交的ではない。どちらかと言えば内向的で絵を描いたり工作をしたり空想の世界に心を惹かれる事が多い。私としてはスポーツに興味を持ったり、雄大な自然に感動して欲しいのだが、親の欲目というものか。

しかしながら、〝宇宙人〟に〝背の高い女性〟となると……少し不安になる。

「ねえ、友里子の親戚に霊能力のある人って居たっけ」

「どうしたの急に?」

私の問い掛けに妻が怪訝な顔を見せる。

「いや、宇宙人はオバケかなって」

「馬鹿言わないでよぉ」

そこへ息子が描き上げた絵を見せて来た。

「パパ! ママ! みて、ぼくとうちゅうじんだよ」

「これは幼稚園の建物ね。この白い、人が……宇宙人?」

「デカいな……」

子供の絵とは言え誇張された〝うちゅうじん〟は真っ白な女性で画用紙の半分を占めていた。息子が女性を指差して説明する。

「木にひっかかってね、とってあげたの。それでね、ママにおとうとがうまれるっていったの」

「言っちゃったのね……」

「うちゅうじんはね、ママをだいじにねって」

「英人、産まれるのは妹だぞ。病院の先生が言ってただろう?」

「やだあ、ぼくおとうとがいい」

「あなた、そういう問題!?」

三者三様にこの日は〝うちゅうじん〟について盛り上がった。

私は少し夜更かしをしてパソコンで色々と検索をしていた。

白い宇宙人、聞いた事もないしそんな事象があるとも信じられなかった。

ただ、探していると〝白い背の高い女〟というものが都市伝説として噂されているらしい。

道の向こうからやたらと背の高い生気のない女性が歩いてくる。不気味に思いながら会釈してすれ違い風が吹いて振返ると消えているという。

インターネット上の話では尾鰭がつくものだし信憑性もないとは思うが、幾つか目撃譚がある。

白い女が現れるのは決まって春だ。春の風の強い日。

「何だろうなぁ……」

疑問に思いつつパソコンを消して私は寝る事にした。

◇◇◇

日曜日、息子を地元のサッカークラブの試合に連れて行った。妻は「たまにはゆっくりさせてね」と留守番だ。

試合は地元クラブが何とか勝利、次はアウェー戦がある。試合後に選手がやってきて観客とハイタッチ。息子もご機嫌だった。

遅めのお昼はキッチンカーが競技場近くにイベント出店していて、そこでタコライスと唐揚げを分けて食べた。

休日を楽しみ太陽が傾ぎ始めた河川敷を手を繋いで歩いて帰る。息子が興奮気味に私を見上げる。

「パパ! ぼくサッカーすき!」

「良かったなあ、また観に行こうな」

「うん!」

足下に巻くような風が吹いてきた。春とは言えまだ肌寒く、互いに着込んでいる。風邪を引いたら妻にもお腹の子にも悪い。

すると、息子が大声を上げた。

「あ! うちゅうじんだ!」

「えっ」

私が一瞬、驚いて握った手を緩めてしまい息子が真っ直ぐ走って行った。

「英人!」

「パパ! うちゅうじんだよ!」

視線の向こう、河川敷の道、走っていった息子の隣には人間とは思えない三メートルほどの高い背の白い帽子を被り白い半袖のワンピースを着た白いサンダル姿の手足も爪も顔も髪も白い女性が立っていた。

季節はまだ春先という問題ではない――ばけものだ。

その女性が横を向いて息子に話しかける。

薄い。

紙のように薄い。

あれが人間であるというのなら我々はサッカーボールだ。

漫画から抜け出したようなぺらぺらの二次元の住人のようで、やはり人間では、ない。誰か気付かないのか、周りには私たち以外居ない。

(何だ……あれは)

私は足が竦み縺れながらもゆっくり息子に近付く。女性は見下ろしながら静かに笑う。私は息子を強く抱き寄せ必死に声を出した。

「あ、あ、あんた」

『ゴメンナサイ、英人くんに危害を加えるつもりはありません』

その声はやわらかく敵意のあるものではなかったが頭に直接響くものだった。女性の声は続く。

『旅の途中で身体が木に絡まり英人くんに解いて貰いました』

「うちゅうじん、どこかいくの?」

『そうよ、風に乗って、空へ……遠く、遠くへ』

その時、ざあっ、と風が吹いた。上に向かう強い春風――。

〝うちゅうじん〟の彼女はその薄い身体に風をいっぱいに受けて空へと舞い上がった。ゆらり、ゆらりと、揺れる白い布のような彼女。

頭の中に遠くからの声が聞こえる

『さようなら……元気な赤ちゃん、産まれると良いですね』

「うちゅうじんバイバーイ!」

手を振る息子と対照的に、私は呆然としながら遠ざかる彼女を見上げていた。そして、ポツリと呟いた。

「一反木綿かなあ……」

「いったん?」

「いや、解らんよ……さあ、ママのところへ帰ろう」

「うん!」

風に乗った彼女はいったい何処へ行くのだろうか、本当に宇宙まで飛んでいったのだろうか。

そんな事を考えながら、今度は息子に妖怪図鑑を買って一緒に絵を描こうと思った。

(初稿:2026/02/16)

back