空を劈いて彼らの鉄の翼の鳥が青空に白の軌跡を描いていく。それに合わせて我々の祝砲が響く。双方が友好を示し、歓迎式典の一つに眼を見張る人々が喝采をあげる。
僕はというと空に描かれた模様の下に浮遊する巨大な伝説の霊獣めいた漆黒の船の舳先に立つ一人の背の大きい蒼い翼の生えた女性を王宮のバルコニーから眺めていた。
◇◇◇
一年前の二つ月の夜、国境の村に大きな光が轟音を立てて落ちた。山が一つ消え、跡には大きな池が干上がったような窪地が出来て、中央に鉄の巨人が横たわっていた。
村人は呪いの前触れだとか、禍の始まりだと恐れ戦いていたが、巨人は立ち上がり、「この星のダイヒョウシャを探している」と声を出した。大騒ぎに宮中から衛士も駆け付けたが巨人は友好的な態度を取りこちらとしても無下にする訳にはいかなかった。
それから、とんとん拍子に空の彼方から異世界の使者がこの国にやってきた。
彼らは異形の民だったが我が国と交流のある遥か西方の砂漠の国には亜人が居る。珍しいと言えば珍しいのだが民衆は受け入れた。酒宴の席で向こうの使者と父上が盛り上がって「当方のダイヒョウには息女が」「かくいう儂の息子が」と笑い合って結婚の口約束していなければだが。
僕は母上の顔を知らない。正確に言えば産みの母の顔だ。僕が小さい頃に気が触れて嵐の夜に飛び出して雷に打たれて消炭になったとか。育ての母は優しいマノという父上の第二夫人だ。
酒宴の席から数日経って腹違いの妹を連れたお茶会に誘われた。王宮の一室、マノが茶を啜りながら僕に問いかける。
「ねえ、ブラン。貴方は陛下と使者の方のお話はどう思うのかしら?」
「それは……義母上も父上が口だけのお調子者だという事をよおく御存知かと思いますが」
「あら、私は存外本気かと思うわよ」
「あのですね……」
「ははうえ、あにうえはおむこさんにいっちゃうのですか?」
僕と同じ金色の髪を持った妹が僕たちの顔を見較べる。マノが微笑む。
「そうねぇ、ブランお兄ちゃんがお嫁さんを連れてきてくれたら母さまは嬉しいけどね」
「はぁ……」
溜め息をつき二人を見ながら茶を啜る。今居るこの部屋からは騎馬隊が訓練しているのが窓から見える。そして、黒鉄の色をした鉄の翼の使い魔めいた鳥がある。騎馬隊の師団が束になっても敵わない兵器を持っている。城内にはそれらを危惧して受け入れるべきではなかったという声もあるが父上が押し通した。騎馬隊の隊長と向こうの鉄の鳥使いの隊長らしき背の高くひょろりとした亜人が話している。トカゲやそういった類の亜人に見える彼の声は無論ここからは聞こえない。
◇◇◇
侍従を置いて僕たちは並んで歩いている。ここは清水が湧く泉に繋がる森の道。隣には婚約者の異世界からの女性、彼らの種族の中で歌劇の役者でもお目に掛かれない程のとびっきりの美人だそうだ。
身の丈は僕の倍ほどの長身で細身だが薄手の衣服から透けて見える胸は豊満で眼のやり場に困る。一見すると凶暴な爬虫類を髣髴とさせる長い首の流線型の顔立ちだが涼やかな眼元に穏やかさを湛えて優しさを感じさせる。肌の色は青玉のように光沢を持った藍色に覆われている。そこへ長く解かれた細い髪の毛はよりいっそう深い蒼に彩られている。背中には翼、何でも飛べるそうだ。
僕らの世界でいうと〝龍〟に相当する種族だ。もっとも、こちらの龍は四足歩行で万年雪の山奥にしか生息せず身体も遥かに大きい。人語は解すが彼らなりの誇りがあって我々とは交流はしない。
彼女も友好的で人語を話し二足歩行をする龍と割り切れば良いのだが、僕には余りにも種族の差があってこれから婚礼する彼女には非常に申し訳ないのだが今から不安だ。
そんな僕の様子を察したのか彼女が話しかける。
『ブランさま、ドウカしましたか』
「……いえ、何でもないですよ」
僕の言葉に彼女は耳に嵌めた器具を小突く。通訳のものだ。
『ちょうしがわるいみたいです』
苦笑いする彼女に僕も愛想笑いをうかべる。余り良い対応ではないな、と思いつつ泉に辿り着いた。澄んだ湧水に水中花が咲き小さな流れを小魚が泳ぐ。一瞬、風が吹いて木々を揺らす。
「ここはたまに義母や義妹と共に涼みに来るんですよ」
『あついですか?』
「たまに暑い時はあります……この国は常に花の季節ですが。ここは二つの季節しかないですよ」
『ワタしの星は、ずっと〝フユ〟でした』
「フユ……雪の季節ですね」
彼女がしゃがみ泉の水を掬おうと嵌めていた手袋を外す。僕がそれを持つと彼女はお辞儀をした。
『星は、じゅみょうをむかえて、動きヲとめテ、住めるところをさがして〝たいろす〟がこの星からシンゴウをおくりマシた』
あの巨人の事だろう、僕たちには理解出来ない圧倒的で未知の技術で作り上げられた巨人。彼女が水を掬い笑う。
『ブランさまのおとうさまは、いいひとデす。われわれを受けいれテくれました。そして、ブランさま。はじめて見ルのに、すてきデす……』
僕は彼女の告白に胸の奥で鼓動が激しくなるのを感じていた。故郷をなくし辿り着いた先の見知らぬ種族の結婚相手をここまで思ってくれている。僕はいったい、何を恐れているのだろうか。
◇◇◇
婚礼の儀は厳かに終わり、僕たちは城内で祝賀行進に向けて馬車の上に座っている。隣の大きな彼女を見上げながらこれからの人生を思うと少し冷汗をかいている。馬車が動く前に婚礼衣装の彼女を見つめ手順の説明をする。
「一度、城下を回ってそれから……」
「マッテ……」
彼女がそう言うと耳の器具を外してゆっくりと僕たちの言葉で話し始めた。
「ブランさま、わたし、べんきょうしま、した、これから、よろしく、おねがい、します」
たどたどしく、訛りもひどいものだけど、相手を気遣って話す彼女に胸に熱いものがこみ上げてきた。そっと彼女の手を握る。彼女が頷く。
「ブランさま、だいすき、です……」
「あ、ああ……えっと、周りが、見ているので」
「ちゅ……」
彼女は恥かし気に微笑んだが、僕を抱き締め首を屈めて口付けた。紫色の長い舌で口元を舐められる。昔、飼っていた猟犬を思い出すが、彼女に失礼だなと思い考えを消そうとした。ただ、甘ったるいニオイに頭がぼんやりとしてきた。小さい頃に森で遊んで怒られながら取ってきた熟した果実と同じような。眼を開けると潤んだ瞳で見つめている。
彼女が舌を出して笑う。
「だいすき……」
「ふむん、ブランよ、まーだ早いぞ」
「げ、父上……」
「おとうさま!」
彼女が馬車を覗き込んだ国王である父上を見て明るい顔を見せる。自分でもこの状況は不味い。鮮やかな金髪の父上はニヤニヤと笑い口髭をいじる。
「いや、良いんだよー。可愛い嫁さんに愛されるのは男の本望だ」
「だいじょぶ、です?」
彼女が首を傾げるのを見て父上は歯を見せて笑った。
「大丈夫大丈夫。ま、コイツは儂に似ず変に真面目だからな。優しく愛してやっておくれ」
父上の言葉を聞いて感動した彼女から再び抱き締められた。
馬車が動き祝賀行進の最中も僕を抱き締めて、声援にこたえた彼女は手を振って抱き締めて手を振って抱き締めて……僕はとても恥かしかったが失神しなかっただけマシだろう。
◇◇◇
数ヶ月経って彼らも街へ馴染むようになった。意外にも互いに拒む事なく平和に過ごしている。彼らの武器さえあれば我々など消し炭になるだろうが、丸腰で酒場に行き客と意気投合して笑っている。
そして僕たちはと言うと。
「おねえさま! もう、おいていきますよー!」
「リーネちゃん、まってくださいな」
王宮の中庭で僕たちはままごとの延長線上の野営を行っていた。
マノと義妹、僕と伴侶の四人。幼い義妹が絵本で女騎士の冒険譚を読んで以来、彼女はすっかり夢中になった。料理も侍女に任せないと豪語していたがマノがこっそり材料だけは準備させていた。マノは料理が趣味で僕の妻にも教えている。
遠くに衛兵が気付かれぬように見守りながら、焚き火台で作ったスープを食べ終えて義妹と妻が何やらもぞもぞしている。妻の背に紐で自身をがっしりとくくりつけた義妹が勇まし気に木の剣を掲げる。そして僕を見る。
「あにうえ、おねえさまといっしょにそらをかけるのですよ!」
「ええっ!」
「リーネ、おねえちゃんがやさしいからって龍騎士ごっこに付き合わせるのには母さま許しませんよ」
流石にマノも怒っている。しかし、妻が笑う。
「いいのですよ、おかあさま。私、一度この星の空をとんでみたいのです」
言うが早い、彼女は背中の翼を羽ばたかせて飛んで行った。隠れていた衛兵や侍従や侍女が出てきた。空を見上げたマノが苦笑いする。
「ブラン、あなたも飛びたいんじゃないかしら」
「……解りますか」
「あの子が読んでた絵本はあなたのおさがりよ」
陽が沈み、空は深い藍色に染まっている。そこに二人が弧を描く、異世界から来た花嫁が風を切る音が響いた。
(初稿:2025/12/05)
© Magic Mountain Way