『ミンナー、笑ってねェー! さーん、にー、いち!』
機械で合成された音声がゲームセンターの中の写真機から響く。ガコン、と音がして撮影された写真が出てきた。茶色のパッツン前髪ふわふわツインテールの美女がそれを取り出してドヤ顔を浮かべる。
「いえーい、上手く撮れたんじゃないの」
「ちょっと、スミレの眼ぇ盛り過ぎじゃね? ウケる」
隣にいた長い黒髪のストレートヘアーのマスクの女性、沖登貴美が笑う。
「うっせ。登貴美だって何よ『らぶ』とかヒネリないの書いてさ」
「あ、また私のポニーテールが変に写ってる……」
その隣の銀色の長い癖毛のポニーテールの千里が頭を恨めしそうに撫でる。
「あー、ごめん」
「千里、また撮る?」
「ううん、次は限定のハンバーガー食べに行くでしょ、キャロットスペシャル売り切れてなきゃいいけど」
常盤千里が鼻息も荒く眼を輝かせる。
ゲームセンターを出たギャル三人が街を歩く。太陽はアスファルトに照り返し、ここ数日の茹だるような暑さもあって三人は薄手の装いだ。そして三人が美女ともなればすれ違う男は自然と視線を集中させる。
すると一組の親子連れの子供が三人に近付く。幼い女の子がスミレに声をかける。
「レイラちゃん! レイラちゃんだ!」
「こらだめでしょ、すいませんね……でも、佐々木スミレちゃんですよね……」
駆け寄った母親がスミレを見つめる。
「あーはい、やっぱり解ります? まー、変装もしてないし」
「はい、ウチの子は『テレビ探偵レイラちゃん』好きでして」
「レイラちゃんの〝キラっとピカって大はっけん!〟すき!」
女の子が普段見ているというスミレ出演のテレビ番組のキメ台詞を言う。スミレが笑う。
「あはは、ありがとうね。プライベートですけど小さい子は特別ですよ、写真撮りましょうか」
「え、良いんですか?」
「良いですよー、ケータイそっちの子に渡して、三人で撮りましょ。登貴美、撮って撮って」
「はいはい。ウチの方見てねー、ハイ笑ってー、にー」
登貴美が何枚か写真を撮ると親子連れは頭を下げて去っていった。女の子が手を振る。スミレが笑って手を振り返す。登貴美が長い髪を掻き上げて首を回す。
「ウチも一応、芸能人なんだけどなー」
「登貴美は芸能人かなぁ? スラッシュメタルバンドのボーカルだし」
千里がおずおずと問い掛ける。登貴美がマスクをずらして舌のピアスを見せて笑う。
「バンドは趣味だし。まあテレビのバラエティはカラコン入れてゴリゴリのメイクしてマスクしてるからかな」
「アタシとは路線が違うじゃん。よーし行こ行こ」
伸びをした先程までの主役、佐々木スミレが登貴美と千里の背を押した。
◇◇◇
「うんま!」
「うんめえ、たまらんわ」
「すっごい美味しい……でも、暑いね」
「しゃーないよ、あれだけ混んでたら食べた気しないもん」
「何かポテトはあまり入ってないね、ポンポンチーズにすれば良かったかな」
「二人とも私のサラダロール食べる?」
「一口ちょーだい」
「エッグパイ食べられっかな」
三人はハンバーガーをテイクアウトし公園の日蔭で食べている。
スミレはソイミートソーセージのホットドッグ、登貴美はタルタルソースの効いたフィッシュバーガー、そして千里はアップルソースキャロットスペシャルバーガーを頬張っている。
食べ終えて、ぬるくなりかけのダイエットコーラを飲んで他愛もない事を喋っていると登貴美が千里に話を振る。
「ところで千里さあ、繁と仲直りしたの?」
「えっ、あ、それは……」
「えー、千里には悪いけどあのスケベは治らないよ」
スミレがここには居ない人物を思い出して少し笑う。しかし、千里がスミレを睨む。
「スミレ……幾ら親友でも繁くんの事を馬鹿にしたら私、怒るもんね」
「はーい、ごめんなさい」
「相変わらず愛が重いね、何であんな煩悩の塊みたいなのが、おっと」
登貴美の言葉に千里が深い溜息をつく。
「繁くんの事は……確かに制御不能っていうか本能のままに生きているというか」
千里が空を見上げる。淡い青空に蝉の声が響く。三人が苦笑いを浮かべる。
ふと、スミレの視界に公園の隅の小さな祠が眼に飛び込んだ。
「そうだ、神様にお願いしよっか」
「神様ねえ……小さなお稲荷さんじゃん」
「いいじゃんね」
登貴美が冷めた視線をスミレに送るも、スミレは小銭入れを探って小銭を探す。祠の前にしゃがんで賽銭台に一枚の硬貨を置く。首に鈴が紐で巻かれた小さな石の狐の像を拝む。
「神様……十円しかないけど、繁が浮気せず千里一筋になりますように、ついでにアタシのキャリアがもう少し続きますように子役上がりとバカにされませんように折角大学入ったから何とか卒業出来ますようにイケメンの彼氏が出来ますように……」
「長い長い長い長い、ついでが長い」
「十円じゃ荷が重いよ……」
登貴美と千里が呆れ返る。しかし、まだスミレは拝んでいた。
そこへ突如として乾いた破裂音が響いた。
「きゃっ!?」
「わあっ!?」
「は!?」
三人が見るといつの間にか公園の中央でロケット花火を投げ合っている悪ガキが居た。
すぐさまスミレはキレた。これが彼女の悪い癖で週刊誌にすっぱ抜かれて芸能活動を謹慎処分になった事もあった。しかし、ずかずかと駆け寄って怒鳴った。
「こらぁッ! オメエら何やってんだよッ!! シバくぞ!!」
「やべっ」
「逃げろ!」
悪ガキが脱兎の如く逃げていった。それを見ていた二人が頭を抱えた。スミレが祠に戻り更に十円を置いて手を合わせる。
「あのクソガキに天罰がくだりますように、ついでにイケメンの彼氏はムキムキマッチョでお願いします」
「ねえ、スミレ。帰ろうよ」
「そうしようよ」
二人がスミレを宥める。
「うん」
彼女も素直に従った。彼女たちが去り際に鈴の音が鳴ったのを誰も気付いてはいなかった。
◇◇◇
夜。スミレのマンション。
久々の休日を友人と過ごし化粧を落とし風呂に入り短パンとルームウェアに着替えてきつねうどんをテーブルで啜っている。
ここは成人した際の親との約束で「子役時代から自分の稼いだお金で住む」と言って購入したマンションだ。スミレは天才子役として名を欲しいままにして幾つもの女優賞も獲っていった。しかし、大人になるにつれて頭打ちを感じていた。今のレギュラーは子役から出演しているシリーズ映画、子供向け番組の主演、食品会社のコマーシャル。ある事はあるが、子役上がりと噂されても否定は出来ない。
「はぁぁあ、あーもー! 考えたってしゃーない」
すると玄関から呼鈴が鳴った。
「荷物……頼んでないけど……?」
スミレがうどんを置いて玄関に行きドアスコープを覗く。誰もいないが鈴の音と声がした。
『すいません、開けて下さい』
「えっ、こわ」
『ボク、お招き頂けないと入れないんです』
「えっ、なに」
『……昼間のお願い、叶えに来ました』
「……?」
スミレが恐る恐るドアを開ける。するとそこには鈴がついた首環をし風呂敷を背負ったふんどし姿の背の低い二頭身の歩く狐の獣人のようなキャラクターが居た。狐の獣人が笑ってお辞儀をする。これは、生きている。作り物じゃない、スミレは呆然としながら見つめていた。
「今晩は。ボクは祠の稲荷のヨウって言います。スミレさんのお願い承りましたので叶えに来ました」
「いやいやいやいや、えっ、夢……」
「失礼ですね。一応、ボクだって稲荷の端くれですよ」
「はあ……」
この世界では妖怪は居ない、オバケは作り物かトリック、そして化け狐や化け狸は童話か絵本の存在――。
「入っていいですか?」
狐の獣人――稲荷のヨウが首を傾げ問い掛ける。
「だめじゃないけどせいりさせてひるまのほこらのおいなりさんかみさまかみさま神様ァ!? ってか、何でアタシの名前知ってるの」
「表札に『佐々木スミレ』って」
「あー」
「入っていいですよね?」
「解った、納得出来ないけど……」
「お邪魔します」
二人――一人と一匹がテーブルを囲む。スミレが出してきた麦茶をコップに注ぐとヨウは器用に飲んだ。
「で、アンタは神様なの?」
「しつこいですね。この鏡を見て下さい。遠見の力があります」
ヨウが背負っていた風呂敷を解いて手鏡を見せる。
昼間の悪ガキの部屋にヒキガエルの群れが大挙している様子が映った。
「ワーッ!」
「夜中ですよスミレさん」
「アンタ、何ちゅうもん見せるのよ」
「これがボクが出来る〝天罰〟です。あと、繁さんと千里さんは仲直りして、うわ見せられない事してます」
「はあ……」
そこへ、ぐう、と大きな腹の鳴る音が響いた。ヨウが恥かしげにお腹を押さえる。
「おなかすきました……あっ、この匂い、きつねうどん!」
「アンタさあ、お稲荷さんがきつねうどん食べても良いの?」
「油揚げはとっておきのごちそうです!」
「解った、アンタの分も作ってあげる。そしたら帰りな」
「食べますけど帰りません!」
溜息をつきながらスミレはキッチンに向かう。彼女は意外にも料理が趣味だ。
明日の分のお揚げを出して熱湯で油抜きをする。新しい鍋に粉末出汁を入れて、砂糖とみりん、決め手は薄口醤油で中火で煮る。油揚げが甘い味を吸って色が濃くなっている。
うどんつゆは少々手抜きだがコマーシャルをしている食品会社の粉末スープを山ほど貰っている。それを入れてやや薄めにことこと炊く。そして、また違う鍋で麺を茹でる。スミレの好みの冷凍の稲庭風の細いうどん。さっと茹でて冷水でしめてもう一度湯へ戻す。すべてが揃い出来上がり。
「出来たよ、熱いから気を付けてね」
「わあぁぁ……」
ヨウが瞳を輝かせる。湯気を湛えた丼にはお手本のようなきつねうどんがあった。照った油揚げが琥珀色のつゆに浮かびその下に細いうどん。いつの間にやら、かまぼこと長ねぎも切って入れてあった。
「ありがとうございます、いただきます!」
器用に狐の足、いや五本の指が生えた狐の黒毛の手で箸を持ってうどんをちゅるちゅると啜っていく。スミレは、火傷しないのかな、と見ていたがヨウは実に美味しそうに食べている。はふはふとつゆを吸った油揚げを噛んで表情はほっこりとさせている。
スミレは苦笑いしつつその間も何かを作っていた。電子レンジで冷凍ご飯をあたためて、残っていた、かまぼこ、玉ねぎ、椎茸を薄く切り、お揚げは鍋用の刻んだもので、先程のうどんつゆを流用して入れて実家から持って来た雪平鍋へ。しばらく泳がせさらっと煮る、仕上げに溶き卵でとじて火を止めて余熱。茶碗に移したあたたまったご飯に載せる。上から青ねぎを散らす。
スミレがテーブルに置いたもう一つの丼にうどんを啜っていたヨウが驚く。
「はい、なんちゃってだけど木の葉丼だよ」
「うわ、うわ、いいんですか! ボク、木の葉丼も大好き!」
「アタシもちょっと食べちゃお、おうどんも残ってるし」
二人して木の葉丼の甘い味を堪能した。食べ終えてお茶を飲む二人。そして、ヨウは椅子から降りると彼女にお辞儀をした。
「ありがとうございます。それでスミレさんのお願い、〝いけめん〟の恋人はボクです!」
「は」
「どうです、このつやつやな毛並み……顔付きだってなかなかでしょう」
「うーん、でも狐じゃん」
「ひどい」
「あと、アタシはマッチョじゃないとなあ」
「わかりました……はにゃむにゃ……」
ヨウが眼を瞑り何かを唱える。ボン、と音と煙を立てたかと思うと天井近くから低いバリトンの声で先程までのヨウの口調で話しかけられた。
「どうですスミレさん。マッチョでしょ、ふふん」
「え、え、え」
「?」
「すっごい、好み……♪」
スミレの眼の前には身長二メートル以上、はち切れんばかりの胸板と呼ぶには凶暴な胸筋、まるで大樹の枝のような腕と長い脚、ふさふさの毛並みの腹筋、顔は精悍な野生の獣の狐となったヨウが居た。
思わず見惚れていたスミレが視線を下に送ると羞恥に顔を手のひらで隠した。
「って、ふ、ふんどしが、破れてる!」
「よいしょ」
「わ!」
お姫様抱っこされたスミレがじたばたと藻掻くも落ち着くやわらかな毛の感触と心地の良い体温と弾力にいつしか惚けていった。ソファに着くとやさしく降ろされた。ヨウと対面する。
「スミレさん。確かに初対面ですので」
「……解ってんじゃん」
「七日、一緒に過ごしてくれますか?」
「七日?」
「そうじせんたくおりょうりごみだしお手伝いしてボクの魅力をお伝えします! そしたらボクに恋しますよ」
ヨウが鼻息も荒く胸を張る。スミレは苦笑い。
「あー、解った解った。でも……一回だけギューッて抱かせて、スケベはしないけど……」
スミレがヨウの豊かな胸を抱き締める。顔が蕩けている。
「ふわあぁああ……実家の大きなクマちゃんのぬいぐるみみたい……もふもふ、ふわふわ、あったかい、サイコー……」
◇◇◇
それから七日間、二人の奇妙な同居生活が始まった。
一日目、朝から二人で料理。今日は肉うどん。出汁が決め手とヨウが教わる。
二日目に以前にオーディションを受けた映画の役が決まった。主演ではないものの、これまでの子役のイメージを打ち破るアクション要素を求められるもので、その為に数ヶ月トレーニングをし準備をしていた。スミレが合格の電話に喜ぶと思わずヨウを見た。ヨウが笑う。
「それはスミレさんの実力です。ボクの力じゃないですよ」
「……ありがと」
三日目、四日目、五日目と二頭身と二メートルのヨウが交互に家事をする。スミレが見慣れてきているのに苦笑いして我に返り頭を抱えた。
六日目、スミレが子供番組の収録から帰宅するとスーツ姿のイケメンのマッチョのあんちゃんがテーブルでコーヒーを飲んでいた。その瞳はヨウのもの。スミレが感心する。
「イケメンじゃん」
「買い物に行くのに稲荷の姿はまずいですからね。お金ありがとうございます」
「足りた?」
「今日はてんぷらですよ」
「……ねずみ?」
「現代稲荷なので食べないです……」
そして、何やかんやで七日目。
ソファに並んで座るヨウは二メートル超えのムキムキマッチョの狐の顔の獣人姿だ。彼に抱きつくスミレの頭を撫でるヨウ。
「どうです?」
「すっごい、サイコー……あったかくて、もふもふで、それで筋肉、マッチョ……ヨウ。もう何か、アンタなしじゃ生きていけない……」
そこへ、ぐう、と大きな腹の鳴る音が響いた。スミレが恥かしげにお腹を押さえる。
「ゴメンね、デリカシーなくて」
「ごはん作りましょうか」
「きつねうどん?」
「木の葉丼もつけて!」
おかし気に二人は笑った。
◇◇◇
一ヶ月後。
『ミンナー、笑ってねェー! さーん、にー、いち!』
機械で合成された音声がゲームセンターの中の写真機から響く。ガコン、と音がして撮影された写真が出てくる。スミレがそれを取り出す。
「うわ、何かヤンキーの集合写真みたい」
「沖のメイクの所為じゃね、沖の彼氏は後から合流だけど先に遊んでていいの?」
千里の恋人である繁が覗き込む。写真を隣の登貴美に渡す。
「いいの。ウチの彼が来てたら本当にヤンキーの集合写真じゃん。しっかし……今日はバキバキにし過ぎかな」
サイケデリックなメイクを施した登貴美が写真を見る。繁がしみじみとスミレと陽太郎を見つめる。
「スミレもすごいひと見付けたなあ」
「え、ボク? スミレさんに較べたら」
「あ、体格です、諸國さん」
「ああ、そっちですか」
「改めて並ぶと陽太郎さん大きいねー」
「あは、ははは」
千里が陽太郎を見上げて、スミレが苦笑いする。
〝諸國陽太郎〟ことヨウは人間に化けて恋人としてメディアに現れた。
結婚を前提とした交際宣言を発表するのに事務所が渋い顔をしたが、彼の経歴は〝生立ちから現在の社会的地位まで完璧に化かしたもの〟だったのでお偉方も納得し大いに満足した。化かし合いの妖かしの面目躍如といったものだ。
それから交際宣言がちょっとした騒ぎになったがスミレは芸能活動をしている。ヨウは狐の気配を微塵も感じさせず人間のマッチョな若き資産家として世間に馴染んでいる。
ゲームセンターを出た一行。ヨウがスミレに問いかける。
「スミレさん」
「んー、何。ヨウ」
「今度は二人っきりであれ、撮りたいなぁ」
「ば、バーカ!」
仲間たちが冷やかす。登貴美が大笑いをする。
「ホントにバカップルじゃん! ウーケーるー」
「もう知らない知らない! ヨウ、行こッ!」
「待ってよスミレさん」
少々、おかしな形であったが願いは成就された。なあに、二人で幸せならそれでいいじゃないか。
(初稿:2025/10/30)
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