Magic Mountain Way

ねこおどる

わたくしですか。何もつまらぬ人生を送って参りました。

屋敷のおひいさまとして、蝶よ花よと父母に愛でられて可愛がられていたものです。

あの頃の山のステンションは、おのぼりさんが多くて掏摸も多くございましたからねえ、じいやからは「御嬢様は行ってはなりませんぞ」ときつく言われたものです。

あの頃のわたくしは〝たま〟という猫を飼っていたのです。

カンバスに絵の具を混ぜたような三毛に金色の眼で、鼠捕りというよりはわたくしの御友達でしたね。

滅多に鳴かぬ猫ではございましたが、窓の外をよく覗いておりましたね。鳥でも狙っていたのかは解りませんが。時折、わたくしを見上げてはその金色にわたくしの顔を映して何かを訴えかけるようにじっとして鳴いておりました。

ある日〝たま〟を抱いてステンションの近くを歩いている時でございました。突然、〝たま〟がわたくしの腕をすり抜けて、ととと、と走り抜けていったのです。

待って、と叫んでわたくしも追いかけました。何分、あの雑踏でございましょう。一度、見失えばもう二度と捕まらぬような気がしてなりませんでした。

しかしながら、どうしてあの時、わたくしが猫を抱いていたのかはさっぱり思い出せませぬ。

人の流れを逆らって、路地を行き、角を曲がり、裏道を抜けると、そこは広場でございました。

御存知でしょう。ええ、あすこです。あの土俵を父に砂被りに連れて行かれて取組を観に行ったものです。その土俵の円と同じぐらいのものが四方に建物の影に覆われた路地裏に存在していたのです。大きさは本物のものよりも小さいものでございましたが。

わたくしは不思議に思いました。だって、お天道様も届いていないのにそこだけ光るように見えているのですもの。

その内に、にゃごにゃご、と〝声〟が周りから聞こえ始めました。

 猫です。

土俵を囲むようにきじ、さば、茶、さび、白と様々な猫が徳利から注いで御猪口を傾けて清酒を吞んだり、焼き鳥を食べたり、笑っておるのですよ。本当に、まるで人間のように。

わたくしはいつの間にかその砂被りに座っておりました。

そうこうしている間に土俵に行司が上がって参りました。予想通りと言いますか、軍配を持って二本足で立っている黒猫の行司でございます。

呼び出しも上がります。茶とらの猫でございます。扇子を手に、にゃごお、逆側に、にゃごろ、観客の猫たちは大盛り上がりで、にゃごにゃご、でございます。

まわしをしたでっぷりと肥えたはちわれ猫と同じくまわしの小兵の黒ぶちが対峙します。髷はありませんでしたね。

見合って見合って、はっきよい、のこった。

黒ぶちがポフンと猫騙し。はちわれ猫は怯みましたが上手、しかしながらぶちは素早く足を取って小股すくい。勝負ありでございました。

にゃんにゃ、にゃんにゃ、と歓声が上がります。勝ち名乗りをあげて懸賞金、ではなく熨斗に包まれた干物を受け取りました。

その後も様々な猫角力が続いて参りました。

取り組みが終わるとぞろぞろと周りの猫たちが二本足で土俵へ集まっていきます。そして、縁にそってチャンカ、チャンカと踊っていくではありませんか。金鳴物を叩く猫、横笛を吹く猫、太鼓を叩く猫。踊る猫たちは盆踊りにも似たようで南洋の民の踊りのようでもございました。好き勝手踊っているようで整然とした並びに足を運んでおりました。

まったくもって、夢でも見ているようでございました。夢、白日夢めいた悪夢と言って良いかも知れませんが、その頃に夢中になっていた舶来のステレオスコープを覗いたかのような不思議な高揚感もそこにはありました。

わたくしも猫たちに引っ張られて土俵の中心へと立ちます。

チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ。

にゃんが、にゃんが、にゃんが、にゃんが。

チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ。

にゃおご、にゃおご、にゃおご、にゃおご。

チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャンカ。

にゃんご、にゃんご、にゃんご、にゃんご。

わたくしも見様見真似で踊っておりました。勿論、このようなものを踊った事などございません。足は縺れ、ぎこちないものでございましたが、周りの猫は大盛り上がりで笑っております。

しかし、その内、音も止み、声も止み、静寂がそこを支配しておりました。土俵からは猫は引き、周囲の闇に潜んでいるようでございました。

周りを見渡すと猫たちの眼が光っております。ずらりと並んだ眼がぎらりとわたくしを見定めるように

『にゃあ』

足下で聞き覚えのある〝声〟が聞こえて参りました。

〝たま〟がその三毛の身体を地面に座らせて金色の瞳でわたくしを見つめます。

脇から、ととと、と違う猫が皿を用意致しました。

串の揚げ玉子です。

『にゃあ』

わたくしには〝たま〟の〝声〟が聞こえた気が致しました。〝お食べなさい〟と。

わたくしは何の迷いもなく串を手に取って玉子を頂きました。

ぐるりと視点が変わりました。

見上げるわたくしの視線の先、見覚えのある人間の金色の眼には〝たま〟のわたくしが映っておりました。

これがわたくしの簡単な身の上話でございます。

しかしながら、この街も変わりましたね。天をつくようなビルヂングがぽんぽんと建って……驚きでございますね。

わたくしの〝声〟が聞こえる人間の方も久しゅうございますので、こうやって話した訳でございますのよ。

さあ。揚げ玉子、冷めてしまいますよ。

(初稿:2026/05/05)

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