Magic Mountain Way

火球

「〝ああし〟のおばあさんから聞いた話ですがね」

とある地方で怪談を蒐集している取材旅行中に旅館の主から聞いた話であった。

出版社を通じて聞いていた蛇神信仰と地元民に伝わる古い言い伝え、他にサイエンス・フィクションめいた時渡りの子供という伝承も聞いて結果は上々であった。

しばらく逗留していた旅館も静かであったが資料を整理している時に私が作家である事を知った主から夕飯を食べた後に地酒をすすめられ、「面白い話でもありやせんが」と話を聞いた。

主はずんべらぼうの坊主頭の後ろを手で撫でながら「煙草、いいですかい」と懐から煙草の箱を出して机の上の灰皿を畳に置いて燐寸で一本抜いた紙巻に火をつけた。美味そうに煙を吸い込んで吐き出す。

「ああしが餓鬼の時分はもう火葬が主流だったんですがね、おばあさんの時代はまだ土葬だったんですよ」

彼は自身の事を〝ああし〟とひどく訛って話す癖があった。彼は煙草休めに紙巻を置いて痰が絡んだのどを鳴らした。

「そのおばあさんのおじいさん、ああしにしてみりゃ何にあたるんでしょうなあ……金に業突くで常々『儂が死んだら有り金全部を棺に入れろ』と寝たきりの病の床でも怒鳴るような人間だったそうで。家族全員からそりゃあもう嫌われていたらしいんですがね。特に嫌っていたのは連れ合い、おじいさんの奥さん。そのじいさんが死んだ時は、その奥さんが濡れた紙を寝たきりの顔に置いて殺したんじゃないかとも噂が立ったそうです」

何とも恐ろしい話だと思いながら彼の話を聞いている。

「まあ、そんな遠い御先祖様が亡くなって葬式が済んで樽の棺にその人を入れて墓まで練り歩いたそうで」

私は興味深くメモを取りながら話を聞いていた。こうした年寄りから聞く古い話はためになる。

彼が、ああしも一杯良いですかい、と問いかけたので、どうぞ、と。彼は茶碗酒で呑み始めた。

「墓場なんてものは今も昔も決まった村の北側にあるもんですがね、墓守以外は滅多に近付かんものですよ。餓鬼の時分に銀球鉄砲で西部劇ごっこをやったらこっぴどく叱られたもんです」

彼が笑う。私も愛想笑いをした。

「まだ元気だったおばあさんが叱りながら言ったもんです『うちのおじいさんが祟って来よるよ』ってね」

いよいよ、怪談の本題かとメモを取る手をいったん止めた。

こういった時には自分の眼と耳しか信用出来ない。相手の口調、語っている時の身振り手振り、呼吸の合間、そして空気の振動で真に迫っているか。

彼が酒でのどを濡らす。

「話が飛んですみませんね……そのおばあさんの話によると葬式の後に〝火の球〟が墓場に見えるようになったと」

――火の球。

「そう、火の球。ひゅうどろどろ、って怪談噺でも出るような、ああしが孫とお化け屋敷に行って見るような火の球でさあ」

まあ、よくある話だな、と拍子抜けていたが彼はそれを見抜いていたかのように私を見つめて笑う。

「センセイ、ただの火の球じゃありやせんぜ――デケえんですよ」

彼が手で大きさを象る。

誇張はあるだろうが、それはよく熟れて育った大玉の西瓜ぐらいの大きさであった。

胡乱な眼つきで本当に火の球ですか、と問うと彼は笑った。

「さあねえ……ああしはこの眼で見ていないんですが、おばあさんは火の球だと。その火の球が日を追う毎に墓場から村に近付いてくるのを皆が見ているんですよ。ぼう、ぼう、ぼう」

――キツネかタヌキではないんですか。

私の問いに彼は短くなりかけた煙草から灰を落として吸った。紫煙を吹き出しながら笑う。

「まあ、話を最後まで聞きなさいな。もう一本……」

灰皿に煙草を揉み消して新しいものに火をつける。煙が浮かぶ中で彼は続ける。

「火の球は徐々に近付いてくる――今のこの旅館、この家にでさあ。おばあさんら家族は震えながら夜を過ごしたらしい。おばあさんのおばあさんは仏壇に向かって夜通し念仏を唱えていた。そして、ある夜に火の球の明かりが家の窓から見えた時にああしのおばあさんは自分の部屋から飛び出して玄関から逃げ出した。振り返った玄関の外から見えたのは屋根の上で燃え盛る大きな火の球、いやそれは火の球じゃあなかった」

私が彼の捲し立てる口調に、ごくり、と唾を飲んだ。

「燃え盛っていたのは、死んだおじいさんの首だった」

そう言って彼は煙草を銜えて思いっ切り吸い込んで大きく煙を吐いた。

「……おばあさんは呆然として見ていたそうで。燃えるおじいさんの首はこちらを向いてニタリと嗤ったそうですよ。そしてスッ、と落ちるように家の屋根の下に消えた。いや、すり抜けるように家の中に落ちた。そうしたら……」

――そうしたら。

「叫び声」

彼は煙草の灰を灰皿の中へ落とした。

「家族全員が叫び声の方向へ向かうと仏間におじいさんの奥さんが仰向けになって死んでいたんです。顔が真っ黒に焼かれてね……顔。そう、顔。何となくセンセイもお気付きかも知れませんが、これ以上は身内の恥を晒しますからね。ああしの話はこれでお終い」

そう言って茶碗に残っていた酒を一気に呷った。

翌日、私は村にある寂れた墓地を訪れた。旅館の主から現在の墓守に話はつけてある。

彼の言う通り、火の球のように燃える首と不可思議な死が覆す事が出来ない事実と言うのなら、人間の怨霊がそうさせたのだろうか。

古い墓は供養され無縁仏と共に共同墓地として弔われているという。新しい彼の家の墓には彼の父母から順に入っている。

もう、その首も現れる事はないだろう――私は墓地を後にした。

(初稿:2026/06/08)

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